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そして育児はつづく

共働き、23区西側での育児記録。

ドキュメント SHUSSAN ~出産、それは地獄~ 前篇

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昨日、テレビで「生まれたてのパンダの赤ちゃんは150g」というのをサラッとやっていて、「はああ!?」と思いました。だって、パンダって100キロくらいですよね。それで150gの赤ちゃんを産むとか、ラクすぎやしませんか。というか、出たってわかるんですか。許すまじ、パンダ・・・!

「なぜ人間のお産はこんなに受難なのか」

まさに分娩台の上で、私の頭を支配していたのはこのことでした。答えはわかりません。特に調べる気も起きません。ただ私は、自分のあのトラウマ級に壮絶な出産を、記憶が薄れないうちに書き記しておきたいと思います。ちなみに助産師さんいわく安産でした。

 

【1日目】

健診の日。超絶に痛い、内膜剥離というのをやられる。あまりの痛みに「クッ・・・カハッ・・・」という、傷ついた悟空たちのような声が出るも、先生は「陣痛来るようにね~」と意に介さず、剥離を続ける。10~15秒くらいだけど、死ぬかと思いました。

日付変わって夜中の3時半、お腹の痛みで目覚める。時間を計ってみると、だいたい7分おきに来ていることがわかる。キンキンキンキンキン・・・と、欽ちゃんの仮装大賞の点数が上がって行くような感じでだんだん痛くなり、だんだん引いていく。全部で1分ぐらい。ピークのときは思わず目をギュッとつぶり、歯を食いしばるぐらい痛い。でも「初産の場合は5分おきになったら病院へ」と言われていたので、とりあえず様子を見る。

【2日目】

朝まで痛みが引かず、眠れなかった。朝一番で病院へ電話し、受診するも「子宮口がまだ開いてないので自宅で様子をみてください」と言われ、返品される。

夕方頃、まだ痛いのでまた電話し、受診するも、また返品される。

夕食後、人と会話するのもままならないほど痛くなってくるも、間隔が相変わらず7分おきぐらいなので自宅待機を続ける。寝ている姿勢だと辛く、座って腰に力を入れると若干楽だったので、毛布をぐるぐる巻きにして壁によりかかって一晩過ごす。もちろん一睡もできず。

【3日目】

朝食も摂れないぐらい痛いので、8時半頃また病院へ電話。9時頃病院へ到着。暖冬で、この日も暖かかったのに病院へ着くとなぜか寒気がしてガタガタ震えた。受診すると、子宮口4cmとのことで、やっと入院が決まる。が、病室がいっぱいとのことで、先生の当直室で待機する。

午後になり、分娩室へ移動する。でもまだお産が始まるわけではなく、そこでも痛みに耐えながらひたすら待機。痛みはどんどん強くなり、痛い時間が延びていく。痛みをごまかすために椅子に座って腰に力を入れたり、フーッと息を吐いたりするが、限界まで痛くて涙が出る。2時間ぐらい経ったとき、私の中で何かがプツンと切れ、ナースコールを押す。そうだ、ここは和痛分娩ができる病院じゃないか。それが理由で選んだじゃないか。健診のときは「よほどの場合でないと和痛は行いません」と言われたけど、今の私の痛み、「よほど」だろう。もう2日もろくに寝てないし、体力的にも限界だ玄界灘

忙しそうに現れた助産師さんに、「和痛にしたいんですが!」と訴える。助産師さんは、「あ~・・・」と苦い表情をし、「お気持ちはとってもわかるんですけど・・・お見受けする限り、和痛にはできないと思います」。「でも、痛くて・・・!」「痛くないと赤ちゃん産めませんから・・・」 糸冬 了。一応先生には伝えると言ってくれたものの、ぜんぜん期待できそうにない。その時点ですでに午後3時頃。もう何時間耐えてるんだ、私。腰の神経を一本一本針でえぐられているような痛み。世の中にはこんなに痛いものがあったんだ、と思う。そういえば、病院主催の母親学級にて、「陣痛の痛みはどれくらいか?」という説明を先生がしていたとき、示された図ではあらゆる痛みの中で二位だった。一位のものはなんだったか忘れてしまった(病名の専門用語だった)。ただ、ダントツでその二つが上のほうにあった。陣痛とその一位のものは僅差だった。先生は「陣痛の痛みは腕の骨が折れる痛みの三倍だね~、だから両腕と片足の骨が一気に折れる感じだね」と言っていた。なんだそれ。「でも、陣痛は長くても数十時間で終わるからね~。骨折はもっとずっと長いこと痛いからね!」とも言っていた。でも、この時の私はそんな微妙なフォローの言葉は思い出せず、こんな痛み、感じる必要があるのか?こんなに痛い思いをしないと産めないなんて、人間っておかしいんじゃないの?欠陥なんじゃないの?何が「知能が発達している」だふざけんな、痛いんだよ!!!と叫びたい気持ちでいっぱいだった。

少ししてからまた別の助産師さんが現れ、私のお腹に陣痛と赤ちゃんの心拍を計測する機械をつなぐ。一応「あの、さっき別の方に無痛分娩にしたいとお願いしたんですが・・・」と聞くも、「あ~・・・お気持ちはわかるんですけど(以下略)。」半分以上諦め、仰向けの姿勢で機械につながれて、定期的に歯をくいしばりながらひたすら耐えた。4時半頃、夫が東京から到着した。苦しんでいる私を見て、スマホを差し出し、ココリコの遠藤が森進一の真似をしているYoutube動画を見せてくる。私は彼の手を払いのける。

(つづく)