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そして育児はつづく

共働き、23区西側での育児記録。

ドキュメント SHUSSAN ~出産、それは地獄~ 後篇

kutsushitaikuji.hatenablog.com

(つづき)

私はあまりの痛みにまた泣きだす。赤ちゃんの心拍は元気に標準内の数値をトクトクトクと記録している。陣痛の度合いは、お腹の張りの度合いから計測されているのだと思うけど、最低が0、最高が100。朝病院についてすぐ内診後にもこれをやったときは、痛みのピークで30くらいだったけど、この時すでに100を記録(朝、助産師さんに「陣痛も、それほど痛いってわけでもなさそうですけど定期的に良い感じできてますね!」と言われ、「はああ!?痛いよ!」と思ったことを思い出す)。痛みの引いている時間は2~3分になっていて、たまにその間意識がぶっ飛ぶ。睡眠不足だったので、寝てしまっていたのか、気を失っていたのか、定かではない。痛みがやってくると、20、28、36、58、70、84、100 !!!!!!!!!!!!という具合に、数字とともに痛みの度合いが激しくなっていくので、数字を見るのが恐ろしくなる。夫はさすがに大変そうだと思ったのか、静かに「頑張れよ」などと言っている。飲み物を飲ませようとするも、受け付けない。

そしてまた波が来て、もう、限界を通り越している私は身体をおもいっきり反らせて痛みを逃していた。すると夫がナースコールを押し、「なんか身体そらしてます!たぶんいきんでます!」と、助産師さんを呼んだ。すぐに助産師さんが来て、先生も来た。内診され(この内診も普通に痛いんですがこの時はもうそんなのどうでもよかった)、「あっ全開してるね~、もう生まれるよ!」と先生が言うので、私は「ああ、本当に良かった・・・」と思う。このとき午後7時くらい。色んな器具が運ばれてきて、ベテラン風助産師さんにいきみ方を説明される。いわく、痛みのピークがきたら、思いっきりいきむようにと。言われた通り実践するも、もう痛すぎて頭ぶっこわれてるので、いきむとき「ぬおおおおお!」という声を出してしまう。でも別に恥ずかしくない、どうでもいい。1分おきぐらいに陣痛はやってきて、そのたびにいきんだ。このいきんでいる間、息ができなくてすごく苦しい。そして痛みが引いている間(引いているといっても数値は30くらい)、これまた寝てしまったのか気を失ったのか、なぜか薬師丸ひろ子の顔が頭の中にずっと浮かんでいた。

もう何回いきんだだろうか、ふと気付けば、していたはずのメガネが外されている。ぼんやりと見える助産師さんに「あと何回ですか・・・!」と聞くと、「う~ん、そうねぇ~まぁ、あと数回になったらお知らせするわよ」と言われ、「まだまだってことか!!」と絶望的な気持ちになる。そこからはもう、意識がぶっとんでいてよく覚えていないけど、とにかく痛すぎて常にギューッと目をつぶっており、周りの様子がどうなっているのか全くわからなかった。波が来るたびに「ウウ・・・もう辛い・・・!」と泣きながらいきんでいると、助産師さんが「あと3回ぐらいよ、がんばれ!」「頭見えてきたわよ~」と言う。ああ、やっとか・・・と思いながらいきんだら、頭が出口にスッポリはまったらしく、焼けるような痛みが。先生が「これは痛いね~。でもだんなさん、写真撮っておく?余裕ある?」というので、私は「ない!裂けそうなんですけど!」と言うと、先生が「じゃ、切ろうか」と言い、巨大なハサミが視界に入った。次にいきんだとき、ジョキン!という音とともに「オギャー!」という声が聞こえ、無事産まれたらしいことがわかった。午後9時半だった。2時間以上いきんでいたらしい。

産まれた子の顔を見せてもらうと、私の父方の祖父にそっくりなので笑ってしまった。

病院から渡された「出産のながれ」という紙には、「赤ちゃんが産まれたあと、弱い陣痛が来て胎盤が出てきます。」と書いてあったのでそのつもりでいると、先生が「あ、これ臍の緒ね」と言って私に何やらグロテスクなものを見せてきてそれをひっぱり、私のお腹の中にある胎盤を引きずり出したのでとても驚いた。お腹の上からでも、胎盤が動いて出ていったのがわかった。妙な感触と驚きで「ウワーッ」と言うと、先生はニヤニヤしていた。

そしてすぐ、切開したところを麻酔なしで縫われた。産んだ後で、少し気持ちに余裕があるせいか、「痛ーっ!」と叫んだ(陣痛は叫ぶ余裕もなかった)。長時間いきんでいたせいか、足がガクガク震えるので、3人がかりぐらいで私の足を全開にして押さえている。そして先生が縫う。ああ、私、この人たちに見られて恥ずかしいものなんてもう何もないな、と思った。

 

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出産そのものについては以上です。この後もずっと重い生理痛のような痛みがあったり夜中に身体がガクガク震えたりとかしましたがそんなのは取るに足らないことです。

不思議なのは、産まれた直後、顔を見てもカンガルーケアをしても、実感が全然湧かなかったことです。涙が出たりするのかと思ったのですが、この日はまだ「とにかく疲れた」という感じでした。

それが、その翌々日、母子同室となり、夜中にギャンギャン泣かれ、あやしていると、「ああ、私この子を産んだんだ、これは私の赤ちゃんなんだ、これからずっと育てていくんだ、私が守るんだ」という気持ちが不意に湧いてきて、そこからはそういう気持ちが上昇して行くばかりでした。

まぁでも、この後乳首がパックリ切れたり夜全然眠れなくて白目になってたりして、溢れる母性で常にほほえみをたたえて子を見つめていたかというと、そんなことは全くないのですが。

とにかく私が言いたいことは一つです。

「こんな痛み、経験しなくてすむならしないほうがいい」。

「お腹を痛めて産んでこそ~」とか、ホントくだらないと思います。母性なんてお世話し始めてから初めて湧いてくるものだし、仮に産まれた瞬間から湧いたとしても、それは無痛分娩だって帝王切開だって同じことだと思います。私は声を大にして言いたいです、「ラクして産んで何が悪い」と。それが子への愛情度合いを示したり、その後の愛情の深さに影響したりするとは全く思いません。まぁ、今回普通分娩で産んでみて得たことといえば「わたし頑張った」、という達成感でしょうか。やってやった、という感じです。人生でこんなに頑張ったことはありません。でも、もう経験したくないです。今はまだ考えられないけど、もし第二子ができたりしたら、絶対無痛分娩で産みたいと思います。人間、知能が高いことがウリなら、知能を使ってお産の痛みを軽減することになんの矛盾があるのかと思いました。おわり